瓦礫の中のゴールデンリング

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関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実

関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実

工藤美代子「関東大震災朝鮮人虐殺」の真実」を読んでみた。「SAPIO」で連載されていたものをまとめた、と聞けばどんな「真実」が書かれているかは予測がつく。しかし、その予測以上にひどい本である。
工藤の主張の柱は次のようなもの。
関東大震災時の朝鮮人についての「流言蜚語」とされるものは真実であり、「虐殺」とされるのは日本人による自衛行為だった。
・当時日本政府は、朝鮮人の暴動などの「事実」を抑え込み、なかったことにして事態を乗り切ろうとした。追い詰められた「朝鮮人テロリスト」の先鋭化を恐れたからである。
・自衛行為に過剰防衛がなかったとは言わないが、「虐殺」された朝鮮人の数は言われるほど多くない。
まず、この本で一番すごい(トンデモ)のは、震災当時の新聞などを根拠に、朝鮮人による暴動、放火、爆弾投擲などの行為が全て事実だとしていることである。「流言蜚語」をそのまま正直に報じたものを、更にまんま信用して朝鮮人テロリストの暗躍を論じている。なにか新事実の発掘でもあるのかと期待して全篇読んでもこの点に何の検証もない。”これだけ目撃談がある(だいたい伝聞記事だが)のだから嘘じゃない”というだけなのだ。複数のソースから同じ情報が確認できる、というような話は全くない。
揚句、http://angel.ap.teacup.com/unspiritualized/356.htmlで指摘されているように、芥川龍之介が処世術として朝鮮人敵視の一般的ムードに迎合したことを菊池寛に難じられて恥じたことを、逆に菊池に対して「憤怒」したとして、これが芥川自殺の原因だとか言いだすのである。ホントだとすれば文学史的に大発見だと思うが。
工藤は、「虐殺」された朝鮮人の数を確定しようとする。その計算では殺された朝鮮人のうち800人余りが暴動を起こした「テロリスト」(巻き添えを食った少数の「善良なる朝鮮人」を含む)だったのだ、という。2000〜6000人台という虐殺数に疑問を持つ工藤の計算でも、233人の「過剰防衛」による殺害(政府が確定した虐殺数)を含めて1000人以上の朝鮮人が殺されたことになる。
工藤は震災当時、首都圏にいた朝鮮人は9800人ほどだと指摘している。滅茶苦茶である。9800人のうち800人が「テロリスト」だとして殺されたのなら、少なくともほぼ朝鮮人10人に1人が「テロリスト」であることになる。これだけでも驚くべき数字だが、「テロリスト」が自警団の活動によって完全に殲滅されなかったのだとすればそれ以上に多くの朝鮮人が「テロリスト」だったということになってしまう。そもそも「テロリスト」たちが、震災の中でどうやって連絡を取り、自分たちが生きることなどそっちのけでテロ活動に邁進したのか、どんな計画がなされていたのか、全く明らかにされていない。
著者の言う「無数の目撃証言」の筆頭に出されているのは横浜で「不逞の鮮人二千は腕を組んで市中を横行し、掠奪を擅にするは元より、婦女子二三十人宛を拉し来たり随所に強姦するが如き非人道の所行を白昼に行ふてゐる」というような新聞記事だが、著者の計算によっても横浜で2000人もの朝鮮人が腕を組んで歩く(震災時に東京近県にいた朝鮮人は3000人と計算している)などということは到底あり得ない。どうしてこの記事を信用してしまうのか謎だが、全篇この調子なのだ。
結局、殺された側に全ての責任を押し付ける論理だけが突出した本でした。