瓦礫の中のゴールデンリング

アニメを作ってます。アニメがお仕事です。

山内久司の話など。

時代劇専門チャンネルで「新必殺仕置人」のHD放送が始まり、そのおまけで「必殺を斬る」が放送されています。藤田まことのナレーションは藤田の最後の仕事。第1回は朝日放送プロデューサーだった山内久司中心。「必殺仕掛人」から「必殺仕事人激突!」までのテレビのレギュラーシリーズを制作した、必殺の生みの親です。ちなみに「必殺!主水死す」や「必殺仕事人2009」には関わっていません。
山内氏の話の中で、必殺(当初はシリーズ化など考えられていなくて、裏番組の「木枯し紋次郎」に対抗できる企画を求めただけだったと思いますが)を始めるにあたっての重要な点は二つ。「東映的な時代劇ではないものをやりたかった」「時代劇でホームドラマをやりたかった」ということ。「必殺仕掛人」では、東映と松竹のコンペがあって(初耳でしたねえ)、東映的な時代劇にしたくなかった山内氏は初めから松竹に肩入れし、「山村聡竹脇無我(実際は林与一になる)、緒方拳」というホームドラマ的キャスティングも談合して松竹からの提案を決めていたそうです。仕掛人は出来上がった作品ではそんなにホームドラマになってないとは思いますが。山村聡を元締にしたのはインモラルな「金をもらって人を殺す」という題材の重さ暗さを和らげるためだとは以前から言われています。
脚本家や監督から言われた文句で一番多かったのは「中村主水の家庭はいらない」というものだったとか。「映画的にはいらないけどテレビでは必要なんだ」と山内氏は主張したとのこと。映画だったら殺して闇に消えてゆく主水でいいけど、テレビではそうはいかんということらしい。必殺を「作品ではなく番組」と広言していたテレビマン山内氏らしいけど、実際には「必殺仕事人」より前だと定番のラスト、ストーリーと関係のない中村家の団欒はパターンとして確立してない。てか、「必殺仕置人」の初登場時だと主水とせん・りつの関係は寒々しいもので、団欒すらなかったりしますが。次の「暗闇仕留人」だと殺し屋三人が義兄弟(それぞれの妻が姉妹)という設定で、石坂浩二の起用などもいかにもホームドラマチックですね。
京都映画の比較的若かったスタッフ、工藤栄一三隅研次といったプログラムピクチャーの職業監督など映画の側の人たちと、テレビの人である山内氏のせめぎあいの中に生まれたのが必殺だったということでしょうか。

必殺といえば藤田まこと中村主水。シリーズの半分は主水の出ないタイトルなのに人が思い浮かべるのはあの馬面だし、死ぬところまで描かれたのに「2007」や「2009」ではシレッと登場するところは如何にも「必殺の顔」ですが、晩年の主水は観ていて辛かった。「2009」の主水なんか全然必要ないキャラクターで、病み上がりで滑舌も悪く殺陣もできない藤田まことを、番屋に閉じ込めてひたすら何もしなくて座ってればいいという、あんまりな位置づけでした。でも「必殺」だから主水いないとね…みたいな。共演者たちに藤田がいることで生ずるプレッシャー、緊張感は相当なものだったようで、実際画面でも座ってるだけでもジャニーズ勢を圧倒する存在感はあるんですが。
でもまあ、主水シリーズで面白いのはせいぜい「新必殺仕事人」まで、という気がします。もっとも僕が最初に観たシリーズは「必殺仕事人Ⅳ」で、これにハマったのが切っ掛けで今でも必殺への愛が消えないのですから、新仕事人より後の主水を全部否定したいとも思わない。
シリーズ後半の主水が、前半に比べてどうしても見劣りがするのは、演じる藤田まこと自身が老いてしまって、派手に動き回ることもなくなり、「凄腕の剣の使い手」という設定に反してチャンバラ的な戦いをほとんどしなくなったと言うばかりではなく、主水がシリーズ当初から育ててきたキャラクターが固定化してしまったからだという気がします。これは山内氏の狙ったテレビ的なキャラクターの位置に収まってしまったとも言えるかと思います。
当初、主水は葛藤をするキャラクターでした。同心、しかし仕置人。葛藤がないはずはない。表で自分が奉じている奉行所の正義を本心では信じられない。そして信じられないがそのまま従うのを続けてきたのを止めて仕置人になってしまう。奉行所を辞すでもなくその立場を利用した仕置人。主水のいびつで中途半端な立場は、何度も危機にさらされ、その立場に疑いが持たれます。「暗闇仕留人」で義弟・糸井貢は「俺たちがした殺しが世の中を少しでも良くしたのか」と悩んだまま、その悩み故に仕事を遂行できずに返り討ちに遭う。「必殺仕置屋稼業」では、殺し屋組織との抗争の末、奉行所に捕えられ処刑寸前の市松に「結局一番ずるいのはてめえじゃねえか」となじられる。「必殺仕業人」では同じ侍出自である赤井剣之介の死に対して、「殺し屋」でなく「侍」として向き合おうとする…。「必殺」ファンは葛藤する主水、葛藤する「必殺」が好きだった。「2009」でこの葛藤路線は一応復活したようにも見えますが、結局倫理的に「人殺しは悪いこと」みたいな話でチャンチャンとなってて不満でした。んで、またその辺の話にちっとも主水が絡まないし。
中村主水というキャラクターに決着がつかないうちに藤田まことが亡くなったことを非常に残念に思います。