瓦礫の中のゴールデンリング

アニメを作ってます。アニメがお仕事です。

仕事を。

最近仕事が少なくて困っていたのですが、3月から始まったやたらと長丁場の、1本終わるのに半年かかるみたいな仕事でフーフー言ってたところに、大急ぎの仕事が2本立て続けに入ってきて、昨日は三鷹で1本分のコンテ撮用タイムシートを作り、今日はまた別の会社に行ってコンテ撮の準備を一日で終える予定…。「いいように使われている」と言えなくもないのだけど、もともと演出になるときに「便利な人」になりたかったんだよな。制作の時に演出の仕事を見てて、もっと効率的にできるんじゃないか、とか思っていたので。

演出始めて17年、その時感じていたことがどうだったのかというと、半分は正しかったが、半分は間違っていたと思います。人間はそんなに便利になれないし、都合に合わせて便利にできることがいいことばかりでもないということです。身体の健康やメンタル、経済状態、仕事上の人間関係を保っていくこと自体が難しくて、その上能力的な研鑽や向上を仕事を通じてしなくてはいけない。結構なムリゲーだなと。

最近一部で話題の6月に1年以上遅れた劇場アニメを公開するという監督の行いを見ていて、自分に似たような人だな、とも思う訳です。特に絵が描けるわけでも決定的な演出能力があるわけでもなく、失敗の経験もあるしそれなりに業界歴が長くて食うことに危機感を抱いている。あちらが少し年下だが、同じような年代で、違うところと言えば僕は監督をやったことがないしこれからもないだろうから演出の仕事をどうつないでいくのかというところで仕事のことを考えるということでしょうか。「作家」じゃないのでねえ。

木村圭市郎さんが亡くなったと聞いて。
演出になりたての頃、60代半ばの木村さんに出会った。僕には大して思い入れがないというかよく知らないアニメーターだったが、「タイガーマスク」のオープニングを描いた人だと聞いて、あああれを作った人か、と。木村さんはよく、金田伊功の師匠のように言われるし、本人もそう思ってたかもしれないけど、金田さんの方が絶対に上手かったと思う。木村さんの作ったタイムシートは得意であるというアクションシーンでも動画の中枚数が多すぎてそのままでは緩い動きになったり逆にせわしくなったり、そして日常芝居を描けない人だな、と感じた。金田さんが日常芝居をどの程度できたかは別として、活動期間の全般でシャープな動きを作ってたし、自分で監督した作品でもそこは変わらない。だから木村さんには演出的な素養はなかったと思う。
竹熊健太郎さんのインタビューで「俺は東映タイガーマスクをやってた時、演出の描いたコンテを全部変えて描いた」という話が出ていて、それは伊達直人が電話で話しているシーンが電話で話している横顔をとらえているのが延々と続くのがつまらないので独自にモンタージュをやったのだ、というようなものと記憶しているが、「絵作りがつまらない」だけでは演出はできないのだな、と本人の口からその話を聞いた時も思った。要するに描くだけ描いて「どうだ」と出したら終わりという仕事の仕方だった。晩年(今世紀に入ってから)になってタイガーマスク的な作品を作るのだ、と演出的なことに進出すると、デジタル作業が当たり前になり始めたころで編集に立ち会うと自分が思ったタイミングになってない(もともとのタイムシートがそうだからだけど)とそこで編集にいじってもらって何とかしてたようだけど、演出は面倒くさいことに立ち会っていろいろな責任を引き受けなければならない仕事という理解はなかったように思う。
木村さんの作画に影響を受けた人は一杯いるだろうし、悪口として書いてる訳ではない。人間として面白い人だったし、嫌いでもなかった。むしろもっと木村圭市郎という規格外のアニメーターについてちゃんと評価がされるべきと思う。

WUGについて。

思うんですけどね、WUGの最初の映画って所属タレントがいなくなったグリーンリーヴスの事務所で松田が慌てていて、社長がアイドル捜して来いで始まっててそれはそれでなんだけど。
映画の冒頭で夕暮れの公園で歌を口ずさみながらブランコをしている真夢、それを呆然と見ている松田、みたいな始まりであれば時間も稼げるし、7人いる主役たちも見せ場を作れたと思う。
あの映画で個性発揮したのは夏夜が初ライブ時にスーパーの裏という営業に怯まずにバイト経験から荷物を片付け始めたぐらいで、民謡をやってたとかメイド喫茶のアイドルだとか歌劇団受験だのほぼ台詞でしかでしか出てこない。
1時間ある映画で、初ライブ(真夢は参加してない)の実際の映像は割愛されてて、見せ場が最後のクリスマスライブなんだけど、例えば東京から都落ちしてきたアイドルである真夢をゴシップの対象としてしかとらえなかったクラスメイトや、普段の付き合いのある人たちがライブに来てくれるとかいう過程もなく、あろうことかコスチュームがなくて制服でダンスするしかなくなり、唐突に「見セパン買ってこようか」と松田が言い出すとか。12月の仙台で踊るのにないでしょ。松田に言われるより先に本人たちがスパッツでも履くでしょう。
こういう映画って、アイドルを舐めてると思う。

えっと。

「某監督」とぼかしていた山本寛さんから言質と根拠を示せと言われたのですが、「ゴミクソプロデューサー」非難は実際に彼がやったことでありますし、一体何に対して法的手段を採るのか全然解らんですよ。
某劇場映画の時にね、打ち合わせで口を出した制作に対して「君、大学はどこ」と聞き返して要するに自分は大学ランキングの頂点だからと威張り散らして制作には不快感しか残さなかったという。
そうやって言質が一杯ありそうだよ。

442名無しさん名無しさん2018/06/29(金) 11:03:49.50id:W6vTZoLQ0
ゴ○ゾが某ゲームのアニメムービーパートを請け負ったが
よりにもよってコンテ演出をシライシに振ってしまい
出来上がったゴミを全部作り直す羽目になって大赤字って話が最近あったらしい

とか5ちゃんねるさんで書かれましたが、嘘です。
ゲームのムービーを担当したわけではなく(ゲームとは独立したアニメです)、コンテもやってません。
コンテもやった本来の担当者である監督が降りたので僕のところに話が来て、監督もお手上げだったらしく上がっている素材がどうにもならんので僕も結局お手上げで、制作会社の社員演出の人が引き取ったが、その人も「もうこの作品について触れたくない」と言ってたぐらいと聞きました。制作会社の体制の問題です。撮影や編集からも「あの作品は…」と触れたくない話になってるので。こういうデマ飛ばす奴は永遠に呪われて欲しいですよ。

追記
僕はこの作品のラッシュも観てませんし、原画とラフ原画のチェックの半ばで現場を離れた立場です。元の監督も僕も「出来上がったゴミ」を知りません。
僕は演出的にどうしようもない素材をどうすればまともにできるのかと作業してましたけど、制作がそれを改善してくれなかったな、という印象です。
監督の描いた元のコンテ自体が非常に高度な内容を原画に対して要求していて(それがクライアントからの要求だから)、それに応えるような面子を制作が集めなかったことで、破綻してる計画ですよ。制作会社としては、もっとやらなきゃいけないことがあったはずで、大赤字になった(というのが本当だとして)責任は僕にありませんから。

怒涛は過ぎていった。

5月前半に立て続けに4本演出担当した作品が放送されるという怒涛のような状況が過ぎ去り、今も別の作品を抱えてはいますが、だいぶ楽になりました。うち1本はカッティング(編集)は監督が済ませた後で依頼が来て、非常に慌ただしく、フィニッシュも結局監督サイドで引き受けてもらうことになったのですが、自分の担当した部分は割と好き勝手にやったかなあ。1本は7カ月くらい作業していて、(10月番組が4月番組になってしまったあれです)心が折れそうでした。一番作っていて面白かったのは、北海道(行ったことがない)を舞台にした冒険もので、割と自分おやれることをちゃんとやったかなと。

ボンクラ演出魂。

4月番組の5話を一本、6話を二本抱えている状態で知り合いの制作から、「4月番組の6話なんですが…」と仕事の打診が来て、「ちょっと無理そう」と返事した。新しい仕事は欲しいんだけど、納品時期がシッチャカメッチャカになりそうなので。3週くらいズレてればいいんだけどな。10年くらい前、一番仕事してた時期、「きらりん☆レボリューション」を5話に1本やりながら(きらりは他の演出さんもそういうローテーションだった)「アイシールド21」を9話に1本というペースで2年近くやりつつ、他に依頼の来た仕事も手あたり次第やってた。そのころから絵コンテを切るということがなくなり(僕は処理専門の演出ではないのです)、演出処理ばかりとにかくスピードで乗り切ってた。今はその頃に比べると、圧倒的に演出や作画に求められるものが理不尽なくらいに増えた。そもそも制作の都合で時間がなくて密度の高い仕事を振ってくるのに、何かあれば演出のせいにされる。制作は制作で寝る時間を削ってでも結果を求められる。誰も幸せにならない。
今やってる3本の仕事はそういう意味では割と楽だ。制作が機能してるし、ある程度の時間の余裕もある。ボンクラ演出にはこのくらいの方がいいな。